魚が陸に上がるとき 〜最初は口で空気を吸わなかった?〜

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古代の魚の呼吸事情

古代、デボン紀あたりの魚は低酸素の水の中でも生きられるように肺を獲得してきたと言われている。

今、私たちヒトは口と鼻で空気を吸うことができ、基本的に陸上四肢動物においては口を通じて主に呼吸を行っている。両生類も見ていると口というか、喉というか、凹ませたり膨らませたりして呼吸をしていることがわかる。では魚はどうだろうか?

鰓呼吸する魚を思い出してほしい。普通に口を開いてパクパクしているはずだ。マグロなどの高速で泳ぐ回遊魚などは一部ラム換水で口からがーーっと水を取り込んでいるのを水族館で見たことがあるだろう。そんな感じで基本的に魚は口から水を吸ってエラから吐き出している。

ではエラ呼吸の他に肺呼吸をする魚はどうだろうか?

例えばハイギョは我々と同じく肺を持ち、肺呼吸をしている。見ていると口から空気呼吸をしている。肺を持っている魚でこうして口から空気を取り込んでいるのだから、昔から肺呼吸は口だったのだろうかというと実はそうではない可能性がある。我々四肢動物の祖先は口から空気を取り入れていなかった可能性が、近年ポリプテルスという魚を用いた研究によって示唆されている。

古代魚・ポリプテルスとは?

ポリプテルスはいわゆる「生きた化石」の一種である。古くからの形質を多く残していることで知られている。現在もアフリカの方に生息しているが、特徴的な形質として「肺」で呼吸を行っていたり、陸上を這うことができたりする(TY Du et al., 2016)。条鰭類の中でも原生種の中では最も古くに分岐した魚である。

ポリプテルスセネガルス(Polypterus senegalus)

しかし、系統関係からすると、ポリプテルスは我々四肢動物の直接の祖先とは少し違う。我々はどちらかというとシーラカンスやハイギョに近い。

ではなぜポリプテルスを今回取り上げるのか。実はその呼吸の方法に原始的な面白い特徴があることが発見されたからである。

古代の空気呼吸をする魚は口で呼吸していなかった?

実はポリプテルスの頭の上には“spiracle”と呼ばれる空気孔がある。

ポリプテルス・エンドリケリー(Polypterus endlicheri endlicheri)の頭頂部にある空気孔(spiracle)(水色丸)

この穴で呼吸をしているのかどうかについては100年ほど前にずいぶんと論争があったようだ。しかし結局確かな結論を得られぬまま皆死んだ。

21世紀に入り、計測機器が発達し、2014年。Nature Communications にその論争を決着へと導くかのような論文が投稿された。

Graham, J. B. et al. Spiracular air breathing in polypterid fishes and its implications for aerial respiration in stem tetrapods. Nat. Commun. 5:3022 doi: 10.1038/ncomms4022 (2014).

ポリプテルスでなんとMRI(核磁気共鳴画像。あの病院とかにあるでかいドーナツの中をくぐるやつ)を得た上でこのspiracleと肺がつながっていることをまず証明した。

更にハイスピードカメラ及び圧力を計測することでこのspiracleが空気呼吸に使われていることを証明した。

それで、これだけだと「ふーん、ポリプテルスって頭の穴で空気を吸うんだ」で終わりだが、この論文は最後に初期の両生類の頭部化石と比較することで、その初期両生類にもこの”spiracle”があることを指摘。初期両生類においてもこのポリプテルスと同様に頭の上側にspiracleが存在していたのだ。

つまり、私たちの祖先は口じゃなくて頭の穴で空気を吸っていた可能性がある、ということである。

もちろん化石からは本当にそんな吸っていたかどうかなんてことはわからない。あくまで可能性だが、同様の形質を持つ生きた化石ことポリプテルスからそのような可能性を導き出すことができた。

もしかしたら現在のワニのように、水層と空気層の間に、目とspiracleだけを出して外の様子を窺っていた、みたいな使い方があったかもしれない。

ちなみに現在のポリプテルスではそのような野外観察の報告はされておらず、基本的に空気を吸うときのみ水面に上がってくる。

ポリプテルスにもしそのような習性があったりしたら面白いだろう。

でも今、我々は頭の穴で呼吸していないよね?

当然だが、今は誰も頭の穴で呼吸をするものはいない。spiracle(空気孔)は別の器官に置き換わっている。

このspiracleの行方は”耳”となったのではないかと言われている(例えば、 J. A. Clack et al., 2003)。

そもそもこのspiracleも鰓口由来であると言われている。さらに中耳も鰓由来であると言われているので我々の耳はほとんど鰓を起源としているといってもいいだろう。これについてはまた暇な時間に論文を読んで記事を書こうと思う。

現生肉鰭類では?

最後に、現生の肉鰭類のうちの魚、つまりハイギョとシーラカンスについて。

彼らはポリプテルス同様に「生きた化石」と呼ばれているが、頭の上にこのspiracle(空気孔)は確認されていない。ハイギョでは完全に消えて口から空気を吸っているし、シーラカンスは体側面に位置はしているものの、深海に生息しているため当然空気呼吸は行っていない。

ポリプテルスだけがspiracleと陸上適応の謎を解く唯一の手がかりだと言えそうだ。

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