「最も古い」現生動物は何か?― カイメンとクシクラゲ論争

 色々と系統樹について勉強していく人はきっと「最も系統樹を遡っていった先にある生物はなんだろう?」と考えるだろう。生物全般についていえば、これはLUCA (The last universal common ancestor)と呼ばれる(仮説上の)生物にあたる。

 すべての生物の共通祖先でなくとも、今いる現生生物の中で辿ったときに、「動物(後生動物)」の中で最も古い動物はなんだろう? と気になる人もいるだろう。Wikipediaなんかにはクシクラゲやカイメンの名前が挙がっているが、2024年1月28日現在、どちらがより祖先的かどうかについては明記されていない。

 しかし2023年にNatureで出版された記事ではその2つのうちどちらがより祖先的かどうか明らかにしている。

 今回はその記事を紹介しよう。

Schultz, D.T., Haddock, S.H.D., Bredeson, J.V. et al. Ancient gene linkages support ctenophores as sister to other animals. Nature 618, 110–117 (2023). https://doi.org/10.1038/s41586-023-05936-6

(注釈なしの画像はこの論文からCC-BY 4.0で引用)

カイメンとクシクラゲ、どちらがより祖先的か論争

動物界(Animalia)には5つの主要系統が存在する。

  • 海綿動物(カイメン、スポンジ)
  • 有櫛動物(クシクラゲ)
  • 平板動物(ヒラムシ、プラナリア)
  • 刺胞動物(クラゲ、イソギンチャク)
  • 左右相称動物(脊椎動物など)

これについて、系統関係がどのようなものであるか、形態や遺伝子配列、ゲノムなどからずっと議論が続いていた。形態、ゲノムから平板、刺胞、左右相称は単系統と見解一致していたが、海綿動物と有櫛動物は未だに見解が一致していなかった。例えば、2013年のクシクラゲのゲノム論文(Ryan et al., 2013)ではクシクラゲがより祖先に位置するという結論であったが、その後の遺伝子データセットに基づく系統樹ではカイメンのほうが先に分岐したということを示している(Simino et al., 2017)。

カイメンとクシクラゲとはどんな動物か軽く触れておく。カイメンとは以下の写真のような動物で、身近には「スポンジ」として体を洗うのに使われたりしている動物だ。

Albert Kok CC-BY-SA 3.0

そしてクシクラゲは以下のようなクラゲのような形をした動物で、名前にクラゲと含まれているがクラゲとは異なる動物である。ゼラチン状の体であるが、筋肉や神経をもつというカイメンとは異なる特徴を持つ。

形態に基づく論争の焦点としては、ニューロンの単一起源というものが議論されてきた。

Jekely et al. (2015), Evodevo 改変 CC-BY 4.0

これはクシクラゲに神経網が存在するのに対し、カイメンでは神経細胞や筋肉細胞を持たないという特徴に基づいて議論されている。

ただし、この論争には限界が存在し、まず化石記録を遡るのが困難というのがある。これらが分岐したとされるのは先カンブリア時代(約5.8億年前)であり、さらに軟体動物なので化石に残りにくいということからほとんど化石による証拠が得られない。

さらに、神経について議論されているが、クシクラゲとクラゲの見た目が似ているように、形態などは収斂進化と呼ばれる、独立にその形態を獲得するという現象がありうるという問題があった。つまり、形態に基づく分類では真の相同性を特定するということ自体に限界があるということである。

では遺伝子の系統樹ならいいじゃないか、という見方もあるが、これだけ分岐年代が古い、離れている種だと Long-branch attraction の可能性が捨てきれないという問題もある。では今回の論文でそれらをどう解決していったのか、ということを見ていこう。

シンテニー比較による系統樹

今回の研究ではゲノムを染色体レベルで決定している。これによって、より長い領域での「遺伝子の並び(=シンテニー)」を比較することができる。これは何が嬉しいかと言うと、シンテニーは多くの系統でゆっくりと進化することが知られている(Simakov et al., 2022)。また、シンテニーの変化(組み換えなど)は事実上不可逆であると言われている。要は、遺伝子が一度別の場所に転座してからまた同じ場所に転座するということは非常に低い確率でしか起こり得ないということだ。

このシンテニーに基づいて系統学上の難問を解決するということは今までもよく行われてきた。コレを今回はクシクラゲとカイメンに当てはめるというわけだ。

さて、これがそのシンテニーを示した図になる。同じ色で結ばれた領域は同じシンテニーを示しているということだ。今回はオーソログに基づいている。今回は二種のクシクラゲ(有櫛動物)を見ているが、そこの間では染色体スケールでのシンテニーは保存されていそうだ。

しかし一方でカイメンの方はどうかというと、他の刺胞動物や左右相称動物と比べてより多くのシンテニーが染色体スケールで保存されていることがわかる。シンテニー比較から言えることとしては、カイメンよりもクシクラゲのほうがより遠い、つまり、クシクラゲのほうが祖先的である可能性だ。

ただ、クシクラゲの共通祖先の段階で染色体の融合や分裂といったイベントが起きた可能性も否定できない。あるいはクシクラゲ分岐後のカイメンの共通祖先で同じことが起きた可能性もある。

それで今回はさらに「動物」に最も近縁な単細胞生物のゲノムも染色体スケールで決定した。

動物のアウトグループとの比較

アメーバや襟鞭毛虫などとの比較から、上の図のようなシンテニーグループが明らかになった。

さて、これは先程の模式図のどの仮説に合致するのだろうか?

各染色体におけるシンテニーを追ってみてみる。染色体は図中のひと繋がりの線で表現されており、また染色体番号も左に書かれている。同じ色の線は同じシンテニーグループを示している。これを追ってみていくと、やはりクシクラゲが動物の中で最初に分岐した動物で、分岐後に染色体融合とミックス(組み換え)がおきた可能性が高い、ということが考えられる。

もっと更に具体的にひとつひとつの遺伝子の並びを追っていくと明らかなように、クシクラゲでは別々の染色体上に存在していたシンテニーグループが、カイメンなどを含む動物群では同じ染色体上に存在し、ミックスされているということがこのように視覚的に明らかになった。

流石に染色体融合、ミックスがあったあとに再びもとの並びに戻ることは熱力学的に考えても非常に確率は低い。カイメンと刺胞動物たちが独立に融合、ミックスした可能性もあるが、同じようになる確率はやはり低いだろう。

クシクラゲが最も最初に分岐した動物

ということで、今回の論文は長年に渡る論争に決着をつけたものになった。

新たにクシクラゲを除いたカイメンたちを含む動物群の名称として”Myriazoa”、日本語に直訳すると「数が非常に多い動物(膨大動物?)」と名付けている。

Myriazoaはシンテニー解析によって指示されているが、形態学的特徴によってはまだ裏付けが得られていないものである。逆に言えば、最初の方に紹介したように、カイメンで独立に神経系が失われたと考えるのが妥当であるということになる。

染色体レベルのゲノム構築により、クシクラゲ姉妹仮説が支持、というのが今回の論文の主旨だ。

参考文献

  • Schultz, D.T., Haddock, S.H.D., Bredeson, J.V. et al. Ancient gene linkages support ctenophores as sister to other animals. Nature 618, 110–117 (2023). https://doi.org/10.1038/s41586-023-05936-6
  • Joseph F. Ryan et al.,The Genome of the Ctenophore Mnemiopsis leidyi and Its Implications for Cell Type Evolution.Science342,1242592(2013).DOI:10.1126/science.1242592
  • Simion P. et al., A Large and Consistent Phylogenomic Dataset Supports Sponges as the Sister Group to All Other Animals. Curr Biol. 2017 Apr 3;27(7):958-967. doi: 10.1016/j.cub.2017.02.031.
  • Jékely, G., Paps, J. & Nielsen, C. The phylogenetic position of ctenophores and the origin(s) of nervous systems. EvoDevo 6, 1 (2015). https://doi.org/10.1186/2041-9139-6-1
  • Oleg Simakov et al.,Deeply conserved synteny and the evolution of metazoan chromosomes.Sci. Adv.8,eabi5884(2022).DOI:10.1126/sciadv.abi5884

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