【脊椎動物最大級】魚から両生類への進化を解明? ハイギョのゲノムがついに解読

英時間2021年1月18日にNatureにオーストラリアハイギョのゲノムが解読されたという内容の論文が発表された。

Meyer, A., Schloissnig, S., Franchini, P. et al. Giant lungfish genome elucidates the conquest of land by vertebrates. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03198-8

上野動物園で見ることができるオーストラリアハイギョ

なぜハイギョのゲノムか?

タイトルの翻訳としては、「巨大なハイギョのゲノムは脊椎動物の陸上進出を解明する」ってところだろうか。

そのタイトルの通り、ハイギョはシーラカンスよりも両生類、陸上脊椎動物に近い動物である。そしてその名の通り肺を持つために空気呼吸が可能だ。見つかった当初は「ハイギョは両生類か否か」で論争が起こったくらいである。現在ではハイギョはいわゆる「魚」に分類される。

昨今ゲノム解読をしただけではNatureなどの総合学術誌に掲載されることは稀で、何百種とか一度に読んで包括的な理解を示したときや特殊な生態や発生を裏付けたときくらいしかNatureなどの超一流学術雑誌には掲載されない。ではなぜ今回このハイギョのゲノムはNatureに掲載されたのか?

答えは、ハイギョが陸上脊椎動物と魚類を繋ぐ重要なポジションにある現生の生物であること、そしてそのゲノムが脊椎動物の中でかなり大きい(読まれた中では最大)ことである。

現在までに読まれてきた脊椎動物ゲノムの中で最も大きかったものはアホロートル(ウーパールーパー)であった。アホロートルは有尾目に属し、なんていうか、手足の生えたハイギョみたいな風貌をしている。

アホロートル

こいつもゲノムがめちゃくちゃデカイ。デカイが、ほとんどの器官を再生する能力を持つことから、再生医療等で注目を浴び、そのゲノムが2018年に報告されている。

Nowoshilow, S., Schloissnig, S., Fei, JF. et al. The axolotl genome and the evolution of key tissue formation regulators. Nature 554, 50–55 (2018). https://doi.org/10.1038/nature25458

今回の論文では新しく読んだオーストラリアハイギョとアホロートルのゲノムをよく比較している。

今回の記事では論文の内容に加え、ハイギョの進化的位置づけなどの情報を追加して解説していく。生命系の学部生レベルを対象とした。

ハイギョはいつ頃生じたのか

そもそも「古代魚」と呼ばれるハイギョはいつ頃生じた(分岐した)生物なのであろうか? 化石記録によると今から約4億年前、デボン紀にはいたということが知られている。

Scaumenacia curta
(デボン紀、カナダ、アクアマリンふくしまにて撮影)

上の写真がハイギョの化石種。なんとなく現生種のオーストラリアハイギョ(Neoceratodus forsteri )と似ている気がする。ヒレはぴよぴよしてそうだけども。

そしてシーラカンスなどとともに「肉鰭類」と称され、現在オーストラリアハイギョで1種、南アメリカのハイギョが1種、アフリカハイギョが4種の計6種が確認されている。

オーストラリアハイギョ以外のハイギョについてはヒレが「ムチ」のようになっており、いわゆる「歩行」にはあまり適した形態ではない。ただ祖先種はオーストラリアハイギョのようにしっかりとした「肉鰭」を持っていたと言われている。

プロトプテルス・エチオピクス
(京都水族館にて撮影、アフリカハイギョ)

そしてこれまで「ゲノムレベルでは」シーラカンスとの系統関係は明らかにされていなかった。まあ形態的およびいくつかの遺伝子の配列からしてハイギョのほうが陸上脊椎動物に近いことはもう周知の事実と言っても良かったが。

ただゲノムはやはりデカイ上に繰り返し配列が多いこともありこれまで解読が困難であった。しかし次世代シーケンサー(DNAを読み取る装置)やコンピュータの性能向上に伴いそれが今回ついに可能となったのである。著者らは世界有数のゲノムラボであり、この論文以外にも大量にゲノムを解読してNatureなどの超一流誌に数多く論文を通してきている。

解読困難だったゲノムを可能にした”次世代ロングリードシーケンサ”

今回のシーケンスで重要となったのが「ロングリードシーケンサ」である。先程ハイギョは繰り返し配列により~と書いたが、なぜ繰り返し配列がゲノム解読を困難にしたかというと、「従来のシーケンサで短い断片で読むと似通った配列ばかり生産されて繋げられない」という問題点が存在したからである。

しかし今回はロングリードシーケンサ、さらにウルトラロングリードシーケンサという次世代シーケンサを使うことで長い配列断片を解読し、断片同士をつなげることが可能になった。

トータルのゲノムサイズは43Gb(ギガベース、ベースは塩基配列 ATGC の数)であり、これはこれまで読まれた中では最大であったアホロートルの32Gbよりも30%大きいことになる。すごい。

そしてただロングリードで読んでつなげただけではなく、最近流行りのHi-C技術を用いて染色体レベルでのアセンブリを行った。

シーラカンスとハイギョの系統関係

さて、今回系統樹を書くにあたってまず697個の一対一となるオーソログを10種の脊椎動物から取得した。それを用いて系統樹推定を行ったところ、以下のような系統樹が得られた。

オーストラリアハイギョとシーラカンスを含む系統樹
(Meyer et al., 2021 Fig.1よりCC-BYで引用)

あんまり新規性はないが、これでハイギョがあらゆる魚より最も陸上脊椎動物に近い生物であるということがはっきりした。

次に分岐年代推定を行った。

分岐年代推定の結果。ハイギョはN. forsteri、シーラカンスはL. chalumnae、アホロートルはA. mexicanum。
(Meyer et al., 2021 Extended Data Fig.3bよりCC-BYで引用)

分岐年代推定の結果もハイギョはシーラカンスが分岐してから少ししたあとに分岐したものであるということを支持している。ハイギョから両生類までにかなり開きがある。

ゲノムは巨大だが脊椎動物で保存されているシンテニーはハイギョにも存在

巨大なゲノムを持つハイギョであるが、脊椎動物で広範に保存されているシンテニー(保存された遺伝子の並び順などを指すことが多いが、この場合は単純に連鎖などの物理的に近い領域を指していると思われる)を探索した。

ハイギョと脊椎動物リンケージグループ(CLGs)の比較およびガーの染色体との比較
(Meyer et al., 2021 Fig.2a, bよりCC-BYで引用)

その結果、ハイギョのシンテニーは脊椎動物で保存されているシンテニーと近い(似通っている)ことが判明した。ただ、遺伝子の間の領域はガーなどの染色体と比較すると”拡大”していることがわかった。みょーんって引き伸ばしが起きた感じだろう。アホロートルでも同様なことが報告されている。

また、ハイギョには「マイクロ染色体(microchromosomes)」が存在し、爬虫類や鳥類に存在するそれと対応していることが示された。このことはmicrochromosomesの起源が陸上適応以前の魚にまで遡ることを示唆するものである。

どのようにこの巨大なゲノムができたのか?

さて、どのようにこの巨大なゲノムができたのかを配列情報から明らかにした。

マスキング解析から約67%が繰り返し配列であることが明らかになった。トランスポゾン(Transposable elements)によってこのゲノムサイズの拡大が起きており、アホロートルゲノムとの比較により独立にその拡大が起きていることが判明した。

顎口類(顎のある脊椎動物)のゲノムサイズの進化
(Meyer et al., 2021 Extended Data Fig.3cよりCC-BYで引用)

ゲノムサイズの進化について見たところ、上記のような結果が得られた。

私も昔は「ゲノムが巨大になることが陸上適応に重要なのでは?」とか考えていたが、アシナシイモリのゲノムサイズが大きくないことからそれはないと気付かされた。

トランスポゾンはゲノム上を転移する。トランスポゾンにはそれ自体を切り貼りする酵素、もしくはコピー・アンド・ペーストする酵素をコードする配列が含まれている。コピー・アンド・ペーストによってどんどんゲノム配列中にトランスポゾン自身の配列を組み込んでいくことによってゲノムが巨大になったというわけだ。

さて、このコピー・アンド・ペーストを行うのに重要な酵素などがまだ発現しているのかを遺伝子発現解析から明らかにした。その結果、まだハイギョにおいてそのような配列が発現していることが明らかになり、現在もなおハイギョのゲノムは大きくなり続けている状況にあるということが明らかになった。

またアホロートルではエキソン間(イントロン)の拡大・引き伸ばしが起きていることが知られていたが、ハイギョも同様に「1つ目のイントロン」の配列サイズが大きくなっていることが明らかになった。脊椎動物でも「1つ目のイントロン」が大きい傾向にあることが知られているが、なぜなのかはやはりわからない。

肺に適応的な遺伝子が拡大

ハイギョはその名の通り肺呼吸を行うことができる。著者らはゲノムから肺サーファクタントタンパク質の遺伝子群が重複・拡大していることを明らかにした。この肺サーファクタントタンパク質は肺の機能維持に重要で、特に表面張力によって肺胞が潰れないという機能を有することで知られている。

ハイギョでは魚に比べてこの肺サーファクタント遺伝子群の数が2-3倍にまで増加した。

しかしそもそも肺の獲得はもっと前に起きている他、このオーストラリアハイギョは肺呼吸への依存が他のハイギョと比べても低い。そのため本当にこの遺伝子重複がこのハイギョにとって適応的かどうかはちょっと疑問ではある。

また、肺の発生に重要である遺伝子Shhが胚発生中に発現していることを明らかにし、両生類と似通っていることを示した。

受容体が増えることで空気中のニオイが嗅げるようになった?

本研究ではハイギョのゲノムから匂い物質の受容に関わる遺伝子群を特定した。陸上脊椎動物には「鋤鼻器官」と呼ばれる器官が存在し、フェロモンなどの受容に関わっていると言われている。魚にはその鋤鼻器官は存在しないが、ハイギョには「鋤鼻器官原基(VNO primordium)」なるものが存在することで知られている(Nakamuta et al., 2012)。今回このオーストラリアハイギョのゲノム中に鋤鼻器官で発現するレセプターが他の魚よりも多く含まれていることを明らかにした。このことから著者らは陸上適応と関連があるのではないかと予想しているが、Nikaido(2019) にあるようにシーラカンスの時点でもV1Rは魚よりも多くなっている。著者らはV2Rで遺伝子が増えていることを発見した。

四肢の発達に関連するエンハンサーや遺伝子

四肢の発生に関与する遺伝子についても著者らは見ており、魚類よりも両生類に近いようなことを述べている。

四肢を形作るのに重要であるが、ヒレには存在しないと推定されていた遺伝子、sall1やhoxc13などがこのオーストラリアハイギョのヒレで新たに発現領域を獲得した。

まあでもこの辺は同じ著者が昨年Science advancesに出した論文でも同じような話をしていた気がするしあんまりここでしてもなって思った(四肢発生に興味がない)。

さいごに

正直論文として新たに驚くべき発見があったかというと正直私的には微妙で、それよりもこれまでミッシングリンクとなっていたハイギョのゲノムがとうとう読まれたというインパクトがすごいと感じた。

もうこれで脊椎動物のゲノムは概ね攻略したと言ってもよいだろう。最後の最後、難攻不落のハイギョが落ちたのだから。

ここから噂によると中国のグループから近いうちにポリプテルスのゲノムが発表される。それによって陸上進出前後の魚のゲノムデータが揃い、徐々にゲノムレベルでの陸上適応を明らかにできるようになるだろう。

本記事は、Meyer, A., Schloissnig, S., Franchini, P. et al. Giant lungfish genome elucidates the conquest of land by vertebrates. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03198-8 をCC-BY 4.0のもと引用している。

参考文献

  • Meyer, A., Schloissnig, S., Franchini, P. et al. Giant lungfish genome elucidates the conquest of land by vertebrates. Nature (2021). https://doi.org/10.1038/s41586-021-03198-8
  • Nowoshilow, S., Schloissnig, S., Fei, JF. et al. The axolotl genome and the evolution of key tissue formation regulators. Nature 554, 50–55 (2018). https://doi.org/10.1038/nature25458
  • Nakamuta, S., Nakamuta, N., Taniguchi, K., & Taniguchi, K. (2012). Histological and ultrastructural characteristics of the primordial vomeronasal organ in lungfish. The Anatomical Record: Advances in Integrative Anatomy and Evolutionary Biology295(3), 481-491.
  • Nikaido, M. (2019). Evolution of V1R pheromone receptor genes in vertebrates: diversity and commonality. Genes & genetic systems, 19-00009.
  • Woltering, J. M., Irisarri, I., Ericsson, R., Joss, J. M., Sordino, P., & Meyer, A. (2020). Sarcopterygian fin ontogeny elucidates the origin of hands with digits. Science advances6(34), eabc3510.

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