私は魚の陸上適応進化に強い興味を抱いており、今文献を漁っているのでそれの軽いまとめとして先行研究を日本語でまとめておく。
(もし、同じように魚の陸上への適応進化に興味を抱いている学生・研究者の方がいましたら、コメント等お待ちしております)
背景
肺呼吸の獲得
魚が陸に上がるとき、様々な変化が起きたことが当然考えられる。例えば、一般的な硬骨魚と両生類を比較してみれば、肺の有無だとか、四肢の有無だとかでいくつか形態的にも違いがあることがわかる。
肺の獲得について、これまでの通説として、古代の河川に上がってきた魚たちは頻繁に起こる川や水たまりの干上がりに適応すべく肺を獲得した、ということが言われている。また、そのように肺を獲得した魚は水中の溶存酸素が少ないような環境にも生息することができた。現生種でいうと、ハイギョやポリプテルスなどが機能的な肺を有している。
肺呼吸はできてもエラ呼吸は捨てられない
ただ、肺で呼吸できるようになったからといってそうやすやすと”エラ”を捨てることはできなかった。エラの重要な機能として「アンモニアの排出」があるからだ。
魚は周りに水が大量にある環境に生息しているため、窒素代謝物を水に溶けやすいアンモニアの形で排出する(厳密にはアンモニウムイオン)。アンモニアは非常に毒性が高いため、体内に多く保持することはできないが、周りが水である故に水に溶かして排出し続けることができる。
これは両生類のうち、ほとんど水中で過ごす種や、幼生の間に水中で過ごすような時でも同じようにアンモニアでの排出が行われている。
対して陸上四肢動物はどうだろうか。
陸で少々の水場を離れて生活ができるような両生類では、アンモニアだけでなく尿素での排出も行っている。鳥類や爬虫類では尿酸(あのフンの白い部分)、そして我々哺乳類は尿素で窒素代謝物を排出している。
なぜか
周りに無尽蔵に水がないからである。水から離れた場合、アンモニアを排出するのに必須である水が大量に手に入らない。だからアンモニアを毒性の低いものに変えて貯蔵しておく必要があった。
そこで両生類はアンモニアをより毒性の低い尿素へと変える代謝経路を獲得し、陸上へと適応することができた。
このアンモニアの代謝、尿素回路・オルニチン回路の獲得が陸上適応への大きな一歩であったと考えられる。
我々ヒトと同じCPSを魚は持たない
では一体このような代謝経路はいつ頃獲得されたのだろうか?
一概に尿素といっても、例えば進化的に古くに分岐したサメなどでも体内で尿素を作って浸透圧の調節を行っていることが知られている。また、”Walking catfish”としても知られるClarias batrachusも高アンモニア環境下では尿素回路を働かせて尿素を作っている(Saha N et al., 2007)。
哺乳類の尿素回路のうち、最初のアンモニアからカルバモイルリン酸への反応を触媒する酵素、「カルバモイルリン酸シンターゼ I」(Carbamoyl phosphate synthetase I : CPS I)は魚には存在しない。代わりに魚にはCPS IIIがあることが知られている。IとIIIで何が違うかというと、酵素の基質がIがアンモニアであるのに対し、IIIではグルタミンである。系統樹に当てはめてCPSの種類を見ていくと下の図のようになる。
この図ではいわゆる進化距離は考慮されていないので注意すること。
図を見てわかるとおり、尿素合成能を持つ生物は新しい魚類においても存在している。そして、尿素合成を行っていないにもかかわらず遺伝子自体は存在している生物もある。ただ、この論文自体非常に古い論文(1989年)である。今はゲノムを読まれている生物もだいぶ増えてきており、おそらく空欄もかなり埋まっていることだろう。
重要なことは、アンモニアを基質とするCPS Iを持つようになったのがハイギョ以降、つまり肉鰭類のうち陸上に上がった/上がる生物種以降ということである。
同じ肉鰭類でもシーラカンスはCPSⅢを持っている。シーラカンスは深海に生息しており、尿素合成をしているが、おそらく浸透圧調節のために行っているのであって、水に瀕して作っているわけではない。
ハイギョは通常、水中ではエラからアンモニアを吐き出しているが、水位が下がったとき(陸生条件)ではアンモニアを尿素へと変換していることが知られている(例えばAi May Loong et al., 2005) 。ハイギョでの尿素代謝は結構研究されてる印象がある。この論文の他にも人工的にハイギョを陸に上げて繭を作る(ハイギョは乾季になると繭を作って夏眠する)までの代謝の変化を見ているものがいくつかある。
上陸段階でCPS I を獲得?
これを踏まえると、おそらく魚が陸に上がる段階でCPS Iを獲得したのだと思われる。
ただ、一時的とはいえ、Clarias batrachus のような魚も尿素を産生して陸上環境に順応できそうな様子を見ると、CPS I の獲得自体が陸上進出を可能にした直接的な要因ではないようにも感じる。しかし、前述したとおりCPS III はグルタミン依存的であるのに対し、CPS I はアンモニア依存的である。体内でアミノ酸分解をする際にアンモニアが出てくるため、そのアンモニアの処理がやはり問題となっているのではないだろうか……。
ちなみに非常に興味深いことに、この陸上四肢動物のCPS Iであるが、CPS II や CPS III と共通の祖先を持っているということが推定されている(JinHong, et al., 1994)。この論文ではSqualus acanthias(ツノザメ)とラット・カエル・ハムスターの配列を比較している。ハイギョやシーラカンス等そのあたりの魚と比較してみても面白いかも。ハイギョの全ゲノム出てくれないかなあ(どうにもあれはゲノムが超でかいらしく難しいらしい)。
また、CPS以外にもアルギナーゼの局在場所がCPS IIIを持つ魚ではミトコンドリアであるのに対し、CPS Iを持つ我々四肢動物・ハイギョでは細胞質であることも大きな転換点であったことが窺える。
最後に
陸上化に際して起きた大きな窒素代謝物の排出に関する進化はまだまだ未解明なところが多いように感じる。単にサーベイ不足かもしれないが。
まだサーベイを始めて間もなく(入学したばっかり)、陸上化に関する広い論文を漁っていることから一つのテーマについてすごく掘り下げるということはまだ難しい。そのうちまたサーベイが進んだら新しい記事を書こうと思う。
この他にも陸上への進化について、「呼吸(肺)」「浸透圧調節」「皮膚」の観点からまとめてみようと考えている。
ピンバック:CPSIIIの進化の話 – Kim Biology and Informatics
ピンバック:シーラカンスは陸に上がったのか? – Kim Biology and Informatics
ピンバック:魚が陸に上がるとき 〜最初は口で空気を吸わなかった?〜 - Kim Biology and Informatics