「ケラチン」と聞いて何を思い浮かべるだろうか.
聞いたことがある,という人はおそらく髪の毛や爪を想像するだろう.
その通り髪の毛や爪に含まれる「細胞骨格」の一種,中間径フィラメントであるケラチンは進化的にも非常に面白いタンパク質である.
あんまり一般的に馴染みがないのか,髪の毛の成分であるにもかかわらずググッてみてもいわゆる”アヤシイ美容系まとめブログ”のようなものがあんまり出てこない.
今回はケラチンのごくごく基本的なことを抑えつつ,ヒトの髪の毛や爪,さらには鳥の羽根に至るまで陸上四肢動物でここまで多様化していったケラチン遺伝子の進化について見ていきたい.
2タイプのケラチンが同じ細胞で発現
そもそもケラチンとはなんなのか,中間径フィラメントとはなんなのかというところから一応導入していく.
ケラチンとは先にも述べたが,「中間径フィラメント」という細胞骨格の1種である.細胞骨格は大まかに3つに分類され,一番太い「微小管」,次に太い「中間径フィラメント」,一番細い「アクチンフィラメント」に分けられる.細胞骨格には様々なはたらきがあり,細胞分裂の際に染色体(DNAとタンパク質の巨大複合体)を両極に引っ張るのに微小管が必要であったり,細胞内の物質の輸送に”レール”として微小管が使われている他,細胞の形を保ったり,弾性をもたせたりするはたらきがある.
なんとなく「髪の毛」であったり「爪」「うろこ」「羽根」のような硬い組織を形作る「骨格」のようなものである,と認識してもらっても構わないだろう.
このケラチンにはType IとType IIがあり,それぞれ分子量と等電点から分類されている.
Type I ケラチンは分子量が比較的小さく,また酸性である.
Type II ケラチンは分子量が比較的大きく,中性~塩基性を示す.
これらType IとType IIのケラチンはペアとなるセットが決まっており,決まった組織・細胞でペアとなり発現し,重合し,それがどんどんさらに重合していくことで繊維状になっていく.
我々ヒトにおいては相当な数のケラチン遺伝子が見つかってきており,12番染色体および17番染色体でクラスターを形成していることが知られている.
ケラチン遺伝子はいつ多様化?
ヒトでは先にも述べた通り,多くの数のケラチンが見つかってきており,さらにその遺伝子は2箇所の近い場所にたくさん固まって存在している(クラスターを形成している)ことがわかっている.
ヒトはヒトで美容とか皮膚疾患とかで研究が今後進んでいくだろうが,今回はその「たくさんのケラチン遺伝子はどのようにして生じたのか」ということに着目したい.
このような研究を進めるには,ヒト以外の生物の遺伝子を調べ,ゲノム上の位置を特定していく必要がある.ヒト様は研究がお盛んであるので,ヒトのケラチン遺伝子の配列を取ってきてそれを他の生物のゲノムで相同性検索(似たような遺伝子配列を取ってくる)をすれば良い.
このようにしてケラチン遺伝子を調べていくと,哺乳類のみならず,鳥や爬虫類,さらには両生類まで2種類のケラチンクラスターが発見された.しかし,魚では陸上四肢動物ほど多様化したケラチン遺伝子のクラスターははっきりとは見つかっていない.しかし存在していることは確かで,真骨魚類での研究では全ゲノム倍加後(3R)の魚において2つのケラチン遺伝子のクラスターが見つかっている.(Wim Vandebergh and Franky Bossuyt, 2012)
ハイギョ(真骨魚類よりも前に分岐し,我々の祖先により近い)でもそれを調べた研究もあるが,やはり陸上四肢動物ほど多様化はしていないようである(まだ単純に見つかっていないだけかもしれないが).
ここまでで一つ言えることは陸上へと生物が適応したあとにケラチンの多様化が生じた可能性が高い,ということである.つまり両生類から先である.
なぜ陸上に進出後にケラチンが多様化?
ではなぜ陸上に上がってからケラチンが多様化したのだろうか?
これはおそらく「上がってからケラチンが多様化した」というよりかは,ケラチンが多様化したおかげで陸上への適応力が高まった,という方が正しいのではないかと思われる.
ケラチンのはたらきとして,細胞の保水力を高めるというものがある.
陸上進出の際に一番の問題となるのは体内から流出していく水をどう体内に留めておくか,ということであった.
鱗から我々のような皮膚という大きな転換の際にケラチンを多様化させ,その機能をも多様化させたことで,体内から流出(蒸発)していく水を必要最小限にすることができ,陸上へと進出できたのではないかと考えられる.
もっとも,水棲の両生類は水からあまり長くは離れられないため,これらを解析することでより陸上進化とケラチンの関係性を見出していけるのではないかと考える.
最後にどうでもいい話をひとつ.
カエルがどの程度まで水を失ったら死ぬか,という実験をした科学者がいたという.カエルを乾燥機にぶちこみ,乾燥させていった.カエルはみるみるうちにしぼんでいったが,体重が半分ほどになってもまだ生きていたという.
そしてその干からびたカエルを水に戻すとあら不思議,どんどん水を吸っていき,元の体重よりも増えたのだ――という実験が昔行われたらしい.
結構水場から離れてもカエルは生きていられるのかもしれないが,それは保湿力云々というよりも,水を過剰に蓄えていられるから,というものなのかもしれない.
参考文献
- 片方陽太郎. (1993). ケラチン蛋白質の生化学–構造, 機能, そして遺伝子まで. 蛋白質核酸酵素, 38(16), p2711-2722.
- Vandebergh, W., & Bossuyt, F. (2011). Radiation and functional diversification of alpha keratins during early vertebrate evolution. Molecular biology and evolution, 29(3), 995-1004.
- Schaffeld, M., Bremer, M., Hunzinger, C., & Markl, J. (2005). Evolution of tissue-specific keratins as deduced from novel cDNA sequences of the lungfish Protopterus aethiopicus. European journal of cell biology, 84(2-3), 363-377.
- 奥野良之助(1989)「さかな陸に上る : 魚から人間までの歴史」, 創元社