ゲノム配列を使って生物全体の系統樹の全貌が明らかに!?~菌類と動植物の意外な関係

全生物のつながりを描く系統樹

系統樹とは「進化の道筋」を人間が見てわかりやすいようにグラフ化したものである。その生物がどの段階で分岐したのか、ということが一目で見てわかる大変便利なものである。

普段研究では「系統樹の推定」は種内、あるいは少し遠くの目レベル、遠くても脊椎動物内、というようにある程度の狭さの中で行われる。あまりにも遠い種と比較するとアライメント(複数の配列が相同になるように並べること)がうまくいかず、綺麗な系統樹が描けないからだ。(ただ、ある程度高い度合いで保存されている部分的な塩基配列であるならばアライメントが可能で系統樹がかける)

高校の生物では「ドメイン説」などのように、「生物全体」というマクロな視点から見た系統樹を度々目にすることだろう。もしかすると科学館やテレビ番組などでも目にしたことがあるかもしれない。こういった系統樹は様々な形質やゲノム配列から裏付けはされているが、実際に配列を元に原核生物から植物、動物、ヒトまで描くことは難しかった。

様々な形質などから生命全体の系統樹が作られるプロジェクトがかつて存在し、Tree of Life web project としてまとめられてきた。

Tree of Life web project の両生類のページ
http://www.tolweb.org/Terrestrial_Vertebrates/14952 より引用

塩基配列などを用いて生物全体の系統樹を描く場合、これまでは人間によって選ばれた特定の遺伝子について着目し、それについての系統樹を書いていた(これを「Gene Tree of Life; Gene ToL」という)。これには様々な問題点があると言われており、系統樹に含まれる種数が多く、系統樹が深くなるほど不正確さが増すというものだった。

多数の全ゲノム決定が生物全体の系統樹の推定により深い洞察をもたらした

2020年2月18日にPNASというアメリカの科学雑誌に掲載された論文において、このゲノム配列(正確には解析に使用されたのはDNAの配列ではなくアミノ酸配列)を用いて新たに生物全体の系統樹を作成した。 その結果が下の図である。

プロテオームによるTree of Life。
つまり、全アミノ酸配列によって描かれた生物全体の系統樹。
Choi and Kim (2020)よりCC-BY-NCに基づき無加工で引用。

この図でまず見て欲しいところは、一番内側のリングのところである。赤と青で分けられているが、この系統樹の推定時にはっきりとこの2つの「スーパーグループ」に分けられたということである。ではこれが一体どのような意味を持つかと言うと、「真核生物と原核生物」である。ヒトなどの動物・植物を含むほとんどの肉眼で目にする生物は真核生物に含まれる。これまでの研究から古細菌と真核生物が近いということが言われているのでちょっとこの分岐はどうかと思ったが、とりあえずそういう結果なのであろう。(外部リンク: 真核生物の起源を暗示するアーキアの培養に成功!)

次に外側のリングは系統樹の根元の方から順に「アーキア(古細菌)」「バクテリア(真正細菌)」「原生生物」「菌類(緑色)」(ひとつ原生生物を飛ばして)「植物(水色)」(2つ原生生物を飛ばして)「動物(緑色)」である。

変なところに原生生物が入り込んでいるように見えるが、植物と動物の大元の祖先種が分岐したあとに現れた種なのかもしれない。

ちなみにこの研究における「アウトグループ」は存在しない仮想生物の配列を作成している。アウトグループとは簡単に言うと、有根系統樹において正しい順序に並べ直すために”確実に一番外側に存在する”グループのこと。ここでは一番原始的な生物の配列を指す。実験のための仮想生物だけど。

上の図をより単純化した系統樹。
PR-P, PR-Aはそれぞれ植物と動物の姉妹群となる原生生物を表す。
Choi and Kim (2020)よりCC-BY-NCに基づき無加工で引用。

より模式的に表したものが上図であるが、注目してほしいのが右側の赤色の線だ。右側の数字は 「累積のゲノム情報の相違」(CGD)であり、生物の始まりを0とし、100が現代の状態を表している。 この3つのグループ、即ちFungi(菌類)、Plants(植物)、Animals(動物)の出現の際に非常に大きな変化があったことを表している。これを著者らはDeep Burstと呼んでいる。

注意してほしいのがこれ(CGD)は分岐年代を表すものではないということ。進化が進むスピードは必ずしも実際のタイムスケールとは一致しない。そして何よりこれらは化石情報に乏しいため正解がない。

真核生物全体の系統樹の模式図
Choi and Kim (2020)よりCC-BY-NCに基づき無加工で引用。

これまでの遺伝子の塩基配列を用いた研究においては菌類は我々動物と姉妹群(系統樹上で植物よりも近い分岐にあるということ)にあることが言われてきた。

しかし、今回の研究で用いたすべてのアミノ酸配列による系統樹では、菌類は植物・動物をあわせた枝の外側に位置することが明らかになった。この論文ではこのこれまでとは異なる新たな「生物の出現順序」というものが大きな意義を持っている。

共通祖先はまず菌類と植物・動物の共通祖先とで分かれた。植物のほうでは例えば 紅藻や緑藻などの原生生物が出現し、その後シダや苔が出現し、裸子植物、種子植物といったように出現していく。動物の枝ではカイメン(スポンジ)、ワーム、昆虫などの無脊椎動物から始まり、脊椎動物が出現していく。以前の記事にも書いたが、鳥類は爬虫類より派生した系統群であり、それもきちんと描かれている。

参考: 系統樹の見方をわかりやすく解説

ただ、鳥類は爬虫類は哺乳類よりも先に出現したという化石記録や遺伝子の塩基配列による系統樹の結果がいくつもある。著者らはそれに対して同意しながらも「(過去に何度か起きた)大量絶滅によって、哺乳類出現前の鳥類や爬虫類は現存していない、というストーリーも考えることができる」と述べている。うーん……

本当に地球上のすべての生物は1つの生物由来だったのか?

著者らは最後の考察において「1つの共通なLTFA (最後に地球上に出現した複製する細胞のこと。創始者的な細胞)が真核生物と原核生物に分かれていったのではなく、共通ではない、サイズや構成物質が異なるものからそれぞれ出現したのではないか」という可能性について触れている。超簡単に言い直すと、「原核生物と真核生物は共通祖先を持たないかもしれないね」ということらしい。

また、すべての主要なグループ(古細菌、細菌、原生生物、菌類、植物、動物)がDeep Burst (一番最初の図参照)の間に生じたことから、何らかの強い「選択」によってこれらが生じたのではないかと論じている。

最後に

今回紹介した論文はあくまでも1つの研究結果であり、これが絶対正しいというわけではない。あくまでもコンピュータ上でアミノ酸配列を元に計算した結果であるため、今後さらなる手法やコンピュータの発達によって全生物種ゲノムアライメントなどというものができるようになればまた違った結果が得られるかもしれない。

ただ今回の結果は生物のグループというものがどういった順序で発生するかということに対して新たな洞察を与えうるものである。例えば菌類と植物・動物の関係とか。

また、原核生物の系統樹についてはごっそり内容をカットしているため、興味のある方は論文の本文を読んで欲しい。

参考文献

  • Choi, J., & Kim, S. H. (2020). Whole-proteome tree of life suggests a deep burst of organism diversity. Proceedings of the National Academy of Sciences117(7), 3678-3686. リンク

当記事はCC-BY-NCに基づき、広告の表示は行わない。

1件のコメント

  1. ピンバック:系統樹の見方をわかりやすく解説 – Kim Biology & Informatics

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