前のこういう記事、『なぜ動物の交尾はバックばかり?~魚の妊娠の起源から陸上四肢動物まで~』のアクセス数がなぜか伸びている中、同じく検索欄にも不穏な検索ワードが増えている。
“ヒトと動物 交尾”
しばらくは見なかったことにしていた。
確かに世の中は広く、そういう性的嗜好の人間が一定数いることも知っているし理解はしている。海外のそういうドキュメンタリー番組を見たこともある。だが倫理的に少々疑問があるので書くのをためらっていた。
だが本気で、生物学的観点からそういったことを知りたいという人もいると思うので(中には本気で犬との子供ができないか心配している人もいるだろうし)書いておこうと思う。
ヒトと他の動物は通常交尾しない
Homo sapiens という種は通常、異種間交尾を行わない。地理、文化などによって交配が分断されるようなことはあったとしても H. sapiens 同士では基本交尾可能であり、なおかつ妊性をもつ子孫を(その程度の高い・低いはあれど)残すことができる。
そして基本的に他の動物(霊長類であったとしても)とは交配しない。
これは本能的にそう仕組まれているといっても差し支えはないだろう。こういったことは「接合前隔離」と呼ばれ、身近な例で言えば異なるセミ同士では鳴き声が違うので交尾が行われない、といったようなことが挙げられる。
逆に言えば、こういった接合前隔離が起きることによって種分化が一気に促進されるということである。
自然界には一般に「種」と呼ばれる区切りを超えて交尾をするような動物もいる。
しかし中には”ヒト以外の動物に性的に興奮し”、”性行為を行う”人間もいる。その逆もまた然りで、ヒトに性的興奮を覚え交尾行動を行おうとする動物もいる(ウサギなんかではたまに見かける)。
世界は広く、ヒトの好みもそれだけ多いのだ。
ヒトと動物が交尾しても子供はできない
ヒトと任意の動物が交尾をしたとしてもこれまで知られている動物種の中では子供(子孫)は残せない。あなたのパートナーとの子供を望んでいる読者は残念だが諦めて欲しい。現代の科学技術ではヒト以外の動物とのキメラは作れないし、倫理的に許されないので不可能である。
さて、ではなぜヒトと他の動物は子孫が残せないのであろうか。
1つは「精子と卵の受精ができない」というものがある。我々はなんとなく精子と卵が出会えば受精する、みたいな教育を受けているが、それは任意の男女ペアに当てはまることはない。言い換えれば、いくら精子と卵を一緒にしておこうとも受精しない場合がある。世の中に不妊で悩むカップルは少なくない。
種内ですら100%の受精ができるわけではないというのに、より遺伝子レベルで離れている生物同士ではなおさらである。これはいろいろな原因が知られているが、化学受容体など遺伝子レベルにおいて異なることが多い。
また、受精できたとしても発生がうまくいかないということがほとんどである。基本的に両親両方のゲノムを引き継ぎ、その両方の遺伝子によって受精後の発生が進む。そのため通常離れた異種間での交雑は発生段階でほとんどがうまくいかなくなる(近い異種間では雑種ができるけれども)。特に哺乳類では「ゲノムインプリンティング」という現象があり、両親から受け継いだ2セットの遺伝子のうちどちらか1つにおいてしか発現しない、といったことが知られている。このどちらかの親の遺伝子が正常に機能していないようなものであった場合、その個体は正常に発生しないことがある。これによって哺乳類は単為生殖が生じ得ないし、さらに言えばゲノムインプリンティングの様式などの違いによって雑種の発生が阻害される。
先に述べたような「接合前隔離」が種分化や進化を引き起こしていったのと同様に、こういった交尾をしたにも関わらず受精やそれ以降の発生がうまくいかなくなることによる「接合後隔離」もまた種分化の原動力である。既に他の霊長類や哺乳類から完全に分化して長い時間が経過している今はもう高い確率で他の哺乳類と子孫を残せない。簡単に言えば、種が離れすぎている。
接合前隔離も接合後隔離も定期的な集団内での交配が起きている場合は起こりにくい。しかし、ひとたび分化してしまうとまずそれらのシステムを元に戻す方向には働かないのである。理由は単純で「交雑したところで次世代が残せないから2種が交雑する機構は復活しない」。
ただ接合前隔離が起きているからといって接合後隔離が起きているとは限らない。例としてはヒトコブラクダとリャマの雑種である「キャマ(Cama)」が挙げられる。これら2種は体格的に非常に差があるため、通常は交尾できないが、人工的に受精を行うことによってその雑種が作り出された(J A Skidmore et al., 1999)。生息域が分断されるなどによって別れた種同士はまだ接合後隔離が起きていない、ということもあるため、一概に種分化が起きたからといって雑種を生じ得ないというわけではない。
さいごに
長くなったが、とりあえずヒトと他の動物では子孫を残せない。
そしてこうした他の動物と交尾をしないといったような「交尾前の生殖隔離」であったり、受精がうまくいかない・受精後の発生がうまくいかないといった「交尾後の生殖隔離」であったり種間では様々な生殖隔離が起きている。
こういった生殖隔離も進化の原動力の1つである。
参考文献リスト
- Skidmore, J. A., et al. “Hybridizing old and new world camelids: Camelus dromedarius x Lama guanicoe.” Proceedings of the Royal Society of London. Series B: Biological Sciences 266.1420 (1999): 649-656. Research_Gate
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