2020/05/28 ポリプテルスのヒレ再生機構遺伝子に関する記述を追記
イモリの四肢は切断されても再生する
高校生物などで「イモリ」の手足やしっぽを切除するとしばらくして再生する,といった記載を教科書などで見たことがないだろうか.
実際にイモリやサンショウウオの手足を切断すると再生することが,多くの研究により裏付けられている.そして我々ヒトへの応用を目的として日々精力的に研究が世界中でなされている.
しかしこの再生機構,イモリやサンショウウオなどでしかみられず,例えばカエルや爬虫類・鳥類・哺乳類などでは見られない.
トカゲはしっぽを切り落として(自切)敵から逃れる生存戦略を取るが,その再生されたしっぽに骨はなく,イモリたちと異なり「完全に」もとには戻らない.
では逆にこの四肢(手足のこと)の再生能力というものは系統発生学的には”いつ”から生じているものなのだろうか? つまり,より祖先段階である「魚」の段階においてこの再生能力はあったのだろうか?
ハイギョにおいても四肢再生能力が確認
両生類から少しさかのぼり,「両生類に最も近い現生する魚類」ことハイギョを見てみよう.
実験的にハイギョの手足を切断することは古くから知られており(例えば Conant, E. B. (1970) など),図1のように実際に何週間もかけてほぼ元通りに再生する.
この論文( Nogueira, A. F. et al., 2016 )ではハイギョのこの切断後のサイトにおいてどのような遺伝子が発現しているかをトランスクリプトームによって解析した.ハイギョとサンショウウオの再生中のサイトにおいて発現している遺伝子を比較するとかなり類似しているということが明らかになった.
つまり,「魚のヒレ」というものが「陸上四肢動物の手足」に進化する際に,その再生機構はそっくりそのまま受け継がれていった,ということだ.
ハイギョの再生能力が発見されてから40年以上が経過するが,あまり進化的起源には着目されてこなかった.そういう意味でこの論文は一石を投じるものとなるだろう.
ポリプテルスでもヒレ再生能力が存在する
さらにハイギョからさかのぼって「条鰭類(地球上に存在するほとんどの”魚”)」と「肉鰭類(我々ヒトやシーラカンス・ハイギョを含む硬骨魚類)」の分岐前ではどうであったかを探ろう.
条鰭類と肉鰭類の共通祖先において再生能力をもっていた,ということはつまり条鰭類と肉鰭類両方に共通の形質があればよい,ということでもある(収斂進化を考えない場合).
条鰭類のうち,ほとんどの魚ではそのヒレの完全な再生というものはまだ見つかっていない.しかし,条鰭類のうち最も古い魚である「ポリプテルス」という魚ではその再生能力があることが判明している(CUERVO, Rodrigo, et al., 2012).
つまり,共通祖先の段階でこのヒレの完全再生能力を獲得し,条鰭類と肉鰭類が分岐した直後ではまだ両方ともにその能力を持っていた.しかし,条鰭類の種分化が進んだりしていくうちにその能力は失われてしまった,ということだ.ただし,収斂的にその再生能力を身に着けたという可能性は否定できない.
ポリプテルスでは陸上生活をさせることでその「ヒレ」が陸上を歩きやすいように可塑的な変化を起こすということが知られている( Standen, E. M., et al. , 2014 )
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では軟骨魚類(サメ・エイ)では?
今の所ヒレの再生についての発見はなされていないようだ.組織のほうではちらほらと論文が見つかるが…….
結論
結論に入るが,結局このイモリやサンショウウオなどにみられる「四肢の完全再生能力」はハイギョよりも更に前,条鰭類と肉鰭類が分岐する前の段階において獲得されたものだと推察される.
だからおそらく我々の祖先である「羊膜類」のさらに祖先であるMicrobrachis(ミクロブラキス)もその再生能力を持っていたのではないかと考えられる.そしてどこかでその能力を失ってしまったがために今の両生類を除く陸上四肢動物は四肢再生能力を持たない,となる.
ポリプテルスも四肢動物と同じ手足再生機構を持つ
2020/05/28 追記
上記の推測を裏付けるような証拠が最近出てきた。
サンショウウオなどで手足再生に関わるであろうとされている遺伝子がポリプテルスのヒレ再生時に発現していることが明らかにされた(Lu et al., 2019)。
つまり、魚と両生類が分岐する前、もっと言えば肉鰭類と条鰭類が分岐する前に再生機構が共通祖先で獲得されたということとなる。
参考文献リスト
- Nogueira, Acacio F., et al. “Tetrapod limb and sarcopterygian fin regeneration share a core genetic programme.” Nature communications 7 (2016): 13364.
- Conant, Elizabeth Babbott. “Regeneration in the African lungfish, Protopterus. I. Gross aspects.” Journal of Experimental Zoology174.1 (1970): 15-31.
- Cuervo, Rodrigo, et al. “Full regeneration of the tribasal Polypterus fin.” Proceedings of the National Academy of Sciences 109.10 (2012): 3838-3843.
- Standen, Emily M., Trina Y. Du, and Hans CE Larsson. “Developmental plasticity and the origin of tetrapods.” Nature513.7516 (2014): 54.
- Lu, S., Yang, L., Jiang, H., Chen, J., Yu, G., Chen, Z., … & He, S. (2019). Bichirs employ similar genetic pathways for limb regeneration as are used in lungfish and salamanders. Gene, 690, 68-74.
文中図について
今回 Nogueira, A. F. et al., 2016 Fig.1 より Creative Commons Attribution 4.0 International License のもと,2つ図を引用している.