2019/06/27 想像以上のアクセス数があったので管状受精嚢と精子の長さの進化の関係について追記を行った
ショウジョウバエの精子はヒトの精子の1,000倍の長さ
「ショウジョウバエの精子はヒトのそれより長い」という話を知っている人はどれほどいるだろうか。
私も研究でショウジョウバエに携わるまでショウジョウバエの精子の長さなんて考えたことすらなかった。
実はこのショウジョウバエの精子、長い種でおよそ6cmにもなる。(Drosophila bifurca)(画像bが精巣,dが精子)
参考までにa, cはDrosophila arizonaeの精巣と精子である.
ヒト精子が約60 μmであるからその差は1,000倍にもなる。
(Image credits: S. LÜPOLD et al/NATURE 2016)
数で交尾の成功率を稼いでいると思っていただけに、ショウジョウバエの精子の話を知ったときは驚いたものだ。
この長い精子を作るにあたってその「精子の数」というのは大きく制限され、長さが長くなればなるほど作れる精子の数は減り、また射精に使われる精子の数も大きく減る。この約6cmの精子を作るD. bifurcaも一回の交尾で射精する精子の数はたった1つであるということが知られている。どれだけ効率を下げる気だ。
ちなみにこの長い精子というものは作る数が減るだけでなく,作りはじめることができる「成熟」までの時間も同時に比例して長くなることが知られている.
不利? 有利? 精子の長さ
ここまで話を読むと「精子の長さが長ければ作れる数が減って交尾の成功率が下がるのでは?」ということに気づくであろう。実際おそらく多少は下がっているだろう。
ではなぜ精子を長くしたのか?
この精子が長くなるという進化が起きるにあたって「雌の隠れた選択」が関わっているであろうことが研究によって示唆されている。
話は一旦ハエから離れるが、孔雀(クジャク)をテレビなどで見たことはあるだろうか。
彼らは羽というオーナメント(装飾)を大きく発達させることにより、雌への求愛をより有利にしようという生態をもつ。この大きな羽は当然敵から見つかりやすくなり、捕食されやすくなるだろう。しかしこの大きな羽があるからこそ「雌の好み」に合致し、交尾により有利になるという。同じようなことが他の鳥類などでも見られている。
この大きな羽などのオーナメントを発達させることで雄は自分が他の個体よりも肉体的に優れていることを示しているであろうと言われている。そして雌は肉体的によりよい個体(=健康な子孫を残せる)と交尾することを選べる。(これはハンディキャップ説という)
このようなオーナメントや求愛ダンス、求愛歌などで雌の気を引き、交尾をより有利にする行動は一般に”交尾前に”行われている。つまり、雌は目や耳で雄の健康状態を感知し、交尾するかを決定し、その雄の子孫を残す。
さて、話をショウジョウバエに戻そう。
ショウジョウバエはショウジョウバエで一応求愛歌を発達させているのだが、それとは別に精子の長さが多様に進化してきた。
そしてこの精子の長さはやはり「長ければ長いほど子孫を残すのに有利」であることが近年の研究で明らかになってきた。
そう、このショウジョウバエの精子の長さというものもまた、クジャクの羽のようなオーナメントの一種であり、性選択に関わっているのである。ただクジャクの羽と大きく異なる点は、それが交尾後において効果を発揮するという点である。
長い精子が優先的に受精に使われる
ある研究において行われた実験で、人為的にショウジョウバエの精子の長さで選択をかけ、長い精子を作る系統と短い精子を作る系統を作り出した。これらの雄と普通の精子の長さの雄を雌と交配させたところ、より長い精子のほうがより優先的に使われることが明らかになった。
つまり、長い精子を作る雄の方が交尾のあとにおいて有利であるということだ。
さらにこの長い精子というものは雄の健康状態(具体的には体の大きさ)によって長さはあまり変わらない。しかし、作れる数が大きく異なる。
つまり雌は長い精子を好むことで、その精子をより多く作れる健康状態の良い雄を選択していたということである。
この交尾後において起こる性選択を「交尾後性選択(Post copulatory Sexual Selection: PSS)」と言う。
どのようにして精子を選り分けているのか
ではどのようにしてその精子の長さを選り分けているのかという話になるが,まずショウジョウバエの雌の体内には雄から送られてきた精子を貯蔵する「管状受精嚢」(Seminal Reseptacle)および「受精嚢」(spermatheca)が存在する.雄から送られてきた精子はこの管状受精嚢および受精嚢の中で貯蔵される.
そのため,複数匹と交尾したショウジョウバエでは最近交尾した雄のみならずその前に交尾した雄の子供も生まれてくることがある.ショウジョウバエ研究者はそれが起きると目的のハエだけとの交配ができなくなるため,蛹からの羽化直後にまだ白い処女(バージン)メスを選り分けて他のオスの精子が入り込むことを防ぐ.
他にもこのような受精嚢を持つ昆虫は存在し,長いものだと数ヶ月以上精子をためておくことができるようだ.
これらの使われ具合は種によって異なるが,多くの種では管状受精嚢に精子を貯蔵する.
さて,この管状受精嚢であるが,その種の精子の長さに比例する形でこの管状受精嚢も長くなっていることが知られている(Stefan Lüpold et al., 2016).キイロショウジョウバエにおいて人為的に精子の長さについて選択をかけた系統においては,精子の長さを長くした系統ではメスの管状受精嚢も長くなることが示されている(Miller G and Pitnick S, 2002)
そしてこの管状受精嚢の中で精子は「伸ばされた」状態を取り,そして受精に使われていく.
このときにどうやら長い精子は入り口に近い場所を取ることができ,受精に有利にはたらくと言われている(本当?)(Miller G and Pitnick S, 2002)
おわりに
ショウジョウバエでは交尾の後においても精子の長さで他の雄と競争を行っていた。この精子の長さというものは、単に長ければ良いというわけではなく、長ければそれだけ作れる数が減ってしまうものである。雌はそれを利用して「長い精子を多く作れる健康状態の良いであろう雄」を好むように進化してきたというわけであろう。
ただ、すべてのショウジョウバエが長くなるように進化したわけではなく、中には本当に短い精子を作るという種も存在している。ただそういった種では精子を二種類作るなどまた独自の進化を遂げているがこの話はまた別の機会に。
以上、ショウジョウバエの性進化の話。
参考文献
Stefan Lüpold et al. “How sexual selection can drive the evolution of costly sperm ornamentation”, Nature volume 533, pages 535–538 (26 May 2016)
https://www.nature.com/articles/nature18005
Miller, G. T., & Pitnick, S. (2002). Sperm-female coevolution in Drosophila. Science, 298(5596), 1230-1233.
https://science.sciencemag.org/content/298/5596/1230
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